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制作プロセス
 オーナーの石橋さんとは一年ほど前からの予定されていた企画だが、彼の要望もあってvoiceをさらにパワーアップしようとスタートしたのは昨年の10月の下旬だ。ステージのような設定に映える構造を作り上げ、模型のシュミレーションから微細なミーティングが行われた。心強かったのは石橋さんの「カフェのお客さんに遠慮しなくていいですから。暴れるくらいで丁度いいです」という言葉だった。そこからスタートしたわけだが、小屋がでかいので当初は今のサイズより大きなサイズでそれぞれの作品を作っていた。実際に並べてみると動きが出ない。それでサイズを前のサイズに直して作り直した。この時点で50枚以上がボツ。一度リセットしてようやく「ANDO」という一枚が出来る。しかしこの一枚以外作っても作ってもいいものが出来ない。ここから数十枚がボツ。このまま一枚しかいいものが出来ないかも!という焦りの中で昔のスタイルを真似てみるもことごとく最悪。いったい何枚無駄にしたか分からない。ようやくコンクリートを使った作品にたどり着くが、搬入のその日の午前中までギリギリ狂ったように描き続けた。大体数が足りないかもしれないのだ。紙は濡らして意図的に反らしたり色を付けたりしているので、倍以上の手間もかかる。現場ではタイトなスケジュールの中、270枚以上を一人で一気に貼付けるのも大変だった。出来るだけ考えない方がいいと判断し「なるだけメチャクチャに渡せ!」と怒鳴りちらし、一応貼った段階ではバラバラで散漫な印象が強く愕然とする。展示の朝方に最後の賭けで、出そうかどうか迷っていた「ANDO」をど真ん中に貼る。その瞬間にいけるかもしれない、と思った。これを二ヶ月で一気にやり切った。今回ほど現場でやってみないとわからない展示はなかった。壮大な失敗になる可能性はあったが、そのリスクが大きなものを得る理由だったかもしれない。テーマの「超、個人主義」については、「集団」というタイトルでマスを描いて来たが、なにか鋭く差し込む表現や意味が欲しかったのが一つ。そしてさらにもう一つは自分のなかに生まれた未知の何か。

今後の展望
 今回の展示でさらに明確になったのが作品と場所との関係だ。近代以前の絵画作品では建築の構造にまで入る絵画が主流だったが、近代絵画はその制約から自由になったのはいいが、まったく緊張感のない関係になってしまった。それは人間個人の他人や場に対する意識と同じだろう。そのことへのいらだちと反発が他者を描きたいという欲求に繋がった。次第に大勢の他者を描くことと同時に、建築や場との関係にも敏感になった。そしてどんどん偶然が入り込む作品になっていった。この意識は今後どう展開するかはわからないが、ここで一つの区切りになったと思っている。それから今回使ったコンクリートという材料だが、絵の具という材料自体おもしろくないと思っている自分にとって非常に興味のある材料だったと思っている。だいたい絵を描くためにある材料、というだけでおもしろくない。人間と一緒で役割が決まった奴の中から出て来るものなんか知れてるじゃないか!
  これまで速いペースでの発表を驚かれたが、そのこと自体発表の緩いペースが受け手にも緊張感を与えない、自分自身余計なことを考える隙を与える、そう判断してのことだった。大体人間弱いもので一年に一回の発表なら記憶して欲しいという思いから同じものしか作れない。そうすると十年くらいで変化して行くしかない。一年の中で連続することによって本当に変化というものが実感出来る。そして大勢の他者に宣伝するにはそれでも足りないほどだ、そういう意識があった。もちろん急に二年ぐらいやらないという選択もあるが、描き方と一緒で、発表のスピード自体変えて行く。場との関係を変えて行く。時間と場に意識的なのはなぜか?それは社会というものになにかを投げたいという思いから出発したからだった。今後どのようなものになるかはわからないが、その緊張感だけは忘れないようにしたいと思っている。


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