制作プロセス
ガソリン創作の過程は制作過程に記録してあるので、ここでは千光士個人の作品を中心に書き記したい。
今回の企画は千光士が片山氏にもちかけ、千光士のいくつかのアイデアの中から強い吸引力を持つ「ガソリン」という響きからすべて始まった。さまざまな過程があったが、人の集団を描くという方向に向かったのは忠田が労働者を描くというアイデアを出したあたりからだ。そこに以前から描いてみたいアイデアを入れた。岩佐又兵衛の群衆。初期の手塚治虫の群衆。ああいったイメージが漠然と浮かんだし、自分の初期のコラージュを絵画で再現したいという思いもあった。制作の初期はちょうど派遣切りで世間が騒いでいる頃だった。とりあえず帽子をかぶった工場労働者というイメージで出発した。当初はそんな群衆が上に向かって走る姿だった。これが線描写でまるで描けなくて黒ペンキを掛けてつぶすつもりだった。方向も分からず掃除する労働者を描いたりもした。しかしなんの気もなく横に走る姿を描いたとき単純になにか動くもの、興奮するなにかを自分で感じた。これを画面いっぱいに走らせてみたい。自分がそれを見てみたい。それが起爆剤になって一気に描き始めた。しかしここからが大変な作業だった。 |
量感で描く北村の分も兼ねたいと考えた。そこで群衆のバックを量感を込めた凄まじいペンキの格闘の上に線描を走らせようとした。しかしこれが描いてみるとメチャクチャで破綻。中途半端に塗りつぶしてまたやり直し。どんどん遠回りしてるうちに締め切りも迫って来て大混乱。結局量感がある背景に自分の線は生きないという結論が出て、フラットにして金のアクリル絵の具を使い色彩の派手さ描かれているもので量に迫ろうと考えた。実際やってみると黒の線描に金と言う組み合わせは相性が抜群にいい。しかしめったに使わないアクリル絵の具に苦戦。そして順番に下から詰めて描いてゆくと整然としてゆくので、また塗りつぶして一から描き直し。考えて描くとどんどん整理されておもしろくなくなってゆくのだ。だから今回は整理しない描き方なので紙を床において座り込んで見える範囲で描いた。距離を置いて見る作業はバランスをとってしまうのであえて絵の別々の場所から人を描いて、つじつまを合わすのが難しいような方法をとった。しかもモデルの神戸の人々もすぐに見飽きて来る。毎日街に出て取材。数百点の写真の人物を見て一つ一つ描きわける作業の繰り返し。走る姿も足らないので妻にも協力してもらい、数百点の走る姿転ぶ姿を撮る繰り返し。頭は痺れるし、描いてることが夢にまで出るという状況。スケジュールが凄まじいことになって、タッチも状況をあからさまに表現するという結果になった。しかしここから実際には現場でも大混乱。急いで焦って混乱しているのは絵の中の人たちだけでなく、自分の混乱と焦りだった。最後は絵までへたへたに疲れ果ててしまうというオチまでついて大混乱は終わった。 配置も全面的に変えたし、照明も最初はぼんやりとしていたのを、線を生かそうと、後日一気に明るくした。結局現場でも作る、現場を見てから一緒に作る、そんなことまでやった。実はこれが計算外にガタガタしたリズムを作って最初整然としていた並び方にエネルギーを注ぐ結果になった。二人ぶんスペースがあったので思い切り空間も使えた。結果的にこの空間にがっちりと呼応した。 |
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質疑応答
最初に受ける印象はストレートな強い反応がとても多かった。最近の作品にはスマートで抑え気味の作品が多いから貴重です。そんな意見が多くあった。もちろんこちらもそのつもりで作った。そして忠田の作品とのコラボや対決に興味を抱いて楽しんでもらえたと思っている。この描き方の対比がおもしろい、「合ってる」と言われることが多かった。それはやはりアイデアから取材の段階まで混ざって進んで来たからだろう。ガソリンというタイトルには、意味よりもやはりその言葉の強い響きが与える印象がすべてで、ほとんどの人がエネルギーに強く反応してくれた。二人の性質の違いから、全体の印象も単純なものではなくなった。結果、絵画対決みたいな様相も帯びたし、筆の表現のおもしろさやエネルギーを伝えることになった。
中には具体的にいろいろ質問をしてくる観客もいた。自分の作品が中心になるがまとめて紹介したい。◯同じ顔の人がいないか見たんですけどいませんでした。○神戸の市民を描いたんですよ。○神戸に意味があるんですか?○神戸に意味はないけど、自分が生活している中で見える人間を描きたいと考えました。どこかの国のかっこいい外人やテレビで見たイメージだけの人間を描くんではなくて。それはガソリンというタイトルにも込められていて、目に見えてるニュースや出来事、人間を描くということに意義があると考えました。○ちょうどインフルエンザで混乱している神戸という感じもしますね。混沌というかなんというか。これは逃げてるんですか?○追われて逃げてるのかなんなのか。とにかく走る姿に自分もなにか感じてスタートしました。最初ガソリンというタイトルが浮かんだときはガソリンが高騰してる時期でした。それから半年位して派遣切りのニュースがさかんに流れてきて、世の中がさらに具体的な緊迫感を帯びて来た。アートとか言うものも時代と呼応して進めたいという意識があったので、なにかわからないけど時代や人が変化を帯びて一気に流れてゆく、そういうものを表現したかったんです。どうせ半年後だろうがなんだろうが混乱してるだろう、そう思ったので豚インフルエンザの時期だろうがなにかとリンクしてゆくだろうと思っていました。○人の数に圧倒されます。○こういう作品の場合派手なだけじゃないか、という意見もある。しかしそういうことを思い浮かべること自体が萎縮する原因でもある。だから躊躇せず徹底することを心がけました。無骨でも圧倒的にエネルギーを打ち出すことがスマートな表現に対する批評になる。それから一人一人をきちんと描き分けることに注意しました。◯労働者を描くと言うのは?◯労働者と言うか普通に生きている人たちを描く。芸術家とかいって偉そうにしている場合じゃない、市井の人々と同じなんだと。そういう意識を持って描きました。◯老人があまり走っていないようですが?◯実際神戸はそんなに老人が歩いてないし老人や子供が懸命に走ると意味が出るのでやめました。本当は眼鏡の人が多かったけれどそれも減らしました。◯あの赤い部分は血のようで、火のようにも感じました。◯自分はガソリンのパワーというつもりで描きました。けれでもある世代以上の人たちはそれを戦争とか、ヒロシマとかいうものに結びつける傾向がありました。作者自身はあまりそう考えてないんです。それがいい、という人と、それが重い、という人もいました。いずれにしろなにかのスイッチにひっかかったわけで、それはそれで僕もその反応は印象に残りました。
◯マンガを描いてました?◯漫画のタッチを連想した人は多くいました。僕も今までは美術教育の影響で日本の漫画はへただな、やっぱりメビウスだ、なんて思ってました。けれども日本人を線描で描こうとすると自然に漫画の方法論に近づく。若冲、曾我蕭白、岩佐又兵衛あたりとも一気に繋がる。西洋のアカデミックな技術がないほうが自然に日本の古典的方法論を継承するのがおもしろいですね。現実そのほうがオリジナルでインターナショナルなものになっている。金を使ったことも含めて今回は日本の古典絵画が参考になりました。それからやっぱり自分は線と面の絵描きだなあと思いました。◯あの油みたいな材料はなんですか?◯木工用のニスです。固まるとなんともいえない光沢と質感を帯びるんですね。ちょうどガソリンっぽいなと思って使いました。◯紙はなりゆきで切ってますね。◯はい。(笑)焦っていると大胆になるもんで、ばっさばっさ切りました。手元にカッターがないから調理用はさみを使ったりもしてタタッ切りました。◯キャンバスを吊るしてるんですか?◯厚手の水彩紙です。吊るすことで緊張感を帯びて固い素材に見えるようです。だいたい僕はいつも普通に壁にかけたりしませんから。◯どのくらい時間がかかりました?◯工業製品ではないんで一日三人くらいしかかけないこともあったし、三日で一枚描くことも一ヶ月掛けることもありました。おかげでスケジュールはめちゃめちゃでした。◯今までとは違う展開にみえますが。◯今回は色彩も含めて飛躍や逸脱が多くあった。だから見た目の印象は違っていると思います。でもテーマは依然として同じで、集団とかいうものに執着しています。そして集団はやはり社会のことだと考えています。 |
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